003
バスケ部で相当運動したからか、ぐったりして疲れた様子のスウリが寮に帰って来た。
「ただいまー・・・。」
声もいつもより暗く、今はいつもの調子が出ないんだなぁという事がうかがえる。
「お疲れ。随分と遅かったな。」
外はすっかり暗くなり、今はもう八時半だ。
いつものスウリなら六時半くらいには寮へ帰って来ている。
「まぁな。明日は学校休みだからってその分いつもより運動量が多かったんだ。お陰で明日は一日中寝ちゃいそう・・・。」
「学校休みって言ってもどうせ特に何もする事ないんだし、一日中寝てたっていいだろ。それとも何かやりたい事があったのか?」
「ないけどさー・・・なーんか損した気分。」
荷物を廊下に放置したまま、スウリはゆっくりした足どりでリビングまで歩き、倒れ込むようにソファに座った。
そして背もたれに頭をゆだね、腕を大の字にして楽そうなポーズで目を閉じた。
「あ、そう言えば・・・。」
何かを思い出しのか、頭だけを俺の方に向けて話しかけて来た。
「ユズキ、クラブどうなった?今日中に見つけたいって言ってたけど・・・もう決まったのか?」
「あぁ、それなら無事決まったよ。入部届もさっき出してきた。」
「そうなんだ。こんな時期に入ったのお前くらいだろうなぁ・・・。結局どのクラブに入ったんだ?まさか俺を追いかけてバスケ部に・・・!?」
「あはは、それはない。」
「笑いながら言う台詞か・・・!!てか顔が笑ってねぇよ!!んで、どのクラブに入部したの!!早く言ってくれ!」
早く、と言われても、話の種を蒔いたのはスウリの方だ。
大体スウリがボケて俺がつっこむのは毎度の事。
スウリはじれったく感じているだろうが、自業自得としか言いようがない。
「帰宅部だよ、帰宅部。」
「やっぱり帰宅部か。どうせユズキの事だから帰宅部に入ると思って・・・・・・・・・・・・・・・帰宅部!?」
急に大声を出したスウリに驚き、思わず耳を塞いだ。
「急に大声を出すな・・・。」
「ちょっ、話が読めないんだけど!!帰宅部って、あの帰宅部!?廃部寸前で噂のあの帰宅部に入部したって言うのか!?」
「そうだよ・・・てかうるさい。」
興奮しているのか相変わらず大声で話すスウリに対し、俺も引き続き耳を塞ぎつつ返事をした。
この声量なら隣の部屋の生徒に余裕で聞こえているに違いない。
冗談で帰宅部に入れば?とか言っていたスウリだが、俺が本当に入るとは微塵も思ってなかったのだろう。
「ま、待て待て待て!!正気か!?あんな怪しいクラブに入るなんて何考えてるんだよ!?帰宅部の奴に弱みでも握られてんのか!?」
「違う。確かに少し不安ではあったけど、ちゃんと自分の意志で入ったんだ。」
驚きが半端ないのか、スウリは先程から俺を凝視している。
「何があったんだよユズキ!帰宅部には入りたくないって言ってたじゃん!!」
「帰宅部の部長と話をして、色々と考えをまとめた結果だ。さっきも言ったけど入部届はもう出したし、来年の春まで変更は出来ない。今更騒いでもどうにもならないんだ。」
「そんな・・・。普通帰宅部入るくらいだったらバスケ部入るだろ!?あーもうなんか嫌な気分ー!!」
何にイライラしているのかは分からないが、スウリは髪をぐしゃぐしゃしたりして落ち着きがない。
「何でお前が怒ってんだよ。俺がどこのクラブへ入ろうがお前には関係ないだろ?」
「そうだけどっ・・・!!なんつーか怒ってるっていうか・・・・・そうか、この気持ちは悔しいんだ!帰宅部に負けたっていうこの敗北感!!あんな奴らにユズキを持っていかれるなんてー・・・。」
怒ったかと思えば今度は肩を落としてガックリと項垂れた。
本当にスウリは感情豊かな人間だ。
「いや、待てよ・・・。もしかするともしかするかも・・・。なぁなぁ、帰宅部ってさ、どうせ 部員二人だろ?このままいけば廃部って事も有り得るんじゃ・・・。」
「部員は三人だ。俺と部長の他にもう一人いるらしい。まだ名前も顔も知らないけどな。明日から二日間で部員を探して何とか存続させる。」
「確かにあと一人で廃部は逃れる・・・。けどよーく考えてみろよ。まだクラブに入ってない奴なんかほとんどいないに決まってる。先生の話からしてせいぜい二十人程度。その中から帰宅部に入ろうなんて考える奴はもっといない!この低確率では流石に見つかるまい!!」
嬉々としてそう語るスウリを見ながら、そんな事は分かってるよと思った。
でもスウリが何と言おうと、俺は帰宅部存続の為に頑張ろうと思っている。
折角一大決心をしたのに、廃部するのを黙って見ている事なんて出来ない。
「見つけるよ、必ず。とりあえず俺は明日と明後日、部員探しで一日中いないと思うから留守よろしくな。」
「はいはい。どーせ見つかんないだろうし、探しても無駄だと思うけど・・・。あ、そう言えばお前と同じ部屋なのも明後日までなんだな。」
ドサッという音を立てながらスウリはソファに再び座った。
「あぁ、そうだな。」
この学園は全寮制なので、相当の理由がないと自宅からの通学は出来ない。
今は生徒全員仮の部屋で過ごしていて、来週の月曜からは正式な部屋で住む事になっている。
仮部屋に住んでる間は誰と同室になってもいいので、今俺はスウリと同じ部屋で過ごしている。
ちなみに正式な部屋割りは今週の日曜日に掲示板にて発表される。
「嫌だなぁ・・・。」
不満そうな顔でスウリが言った。
「誰か一緒の部屋になりたくない奴でもいるのか?」
「そういうわけじゃないけど、変な奴と同室になったらどうしよ・・・。あと噂の美人ちゃんと同じ部屋になっても嫌だな・・・。」
「なんで?お前だったら喜ぶかと思った。」
「馬鹿言え!同じ部屋になったら美人ちゃんのファンに恨まれるに決まってるだろ。そんなびくびくしながら過ごす生活なんて絶対ごめんだね。」
「そう言われればそうだな。ま、それこそ有り得ない確率だけどな。」
「またユズキと同じ部屋になれないかなー。部屋くらい生徒達で決めさせろっての。」
仲のいい生徒達を同室にすれば、後々に必ずと言っていいほど何か問題を起こす。
この歳になって恥ずかしくないのかと思うが、残念ながら問題児は減るどころか年々増えている。
そういうところを教師達に見抜かれているのだろう。
「どうせ授業で会えるんだし、そう言うなよ。つっても俺も変な奴と同じクラスになるのは嫌だけどさ。」
「抗議したら部屋変えてもらえるかも・・・。」
「それで部屋変わったら、先輩がとっくにやってるだろ。」
「あー・・・確かに。」
所詮俺達の言っている事は子供の我儘に過ぎない。
そんな事を言ってる暇があるなら、明日の部員集めに集中したい。
精神的にも体力的にも疲れていた俺達は、その後早々と眠りに就いた。
*****
朝の八時から部長に呼ばれていた俺は、土曜だというのに早くから寮を出て部室へと急いだ。
予定よりも寮を出るのが遅くなってしまったので、集合時間には間に合うけれど部室に着くのはギリギリだろうなぁと思っていた。
見事俺の予感は的中し、俺が部室に入った時にはすでに部員は全員集まっていた。
部室では対面式のテーブルに部長と見知らぬ男の子が静かに座っている。
「すみません、遅くて・・・。」
「気にしなくても大丈夫よ。私達も今来たところだもの。貴方はそこに座って頂戴。」
指定された椅子にユズキが座ったところで、部長は話を始め出した。
「さぁ、そんな事より大事なのは部員集めよ。えーっと誰かいい案はある?・・・って聞く前に自己紹介をした方がよさそうね。」
そう言われれば部長と会うのはもう三度目だというのに、まだ名前を知らない。
一度目の出会いは名前を聞くほどの事でもなかったが、二度目で流石に聞いておくべきだったと思う。
「ユズキにはまだ私の名前を言ってなかったわよね。私はカヤよ。これは昨日言ったけど、帰宅部の部長をしています。」
「俺はユズキです。この学校には来たばかりで、高等部一年です。」
「ユズキね。これからよろしく。こっちの子は一昨日入部してくれたジュリよ。」
部長は自分の席の隣に座っている男子の紹介を始めた。
「大人しくて困っちゃうけれど、確かユズキと同じ学年だったと思うから、仲良くしてあげてね。」
ジュリと呼ばれた子はユズキを見ると、軽く挨拶した。
「よろしく。」
ただ一言そう言うと、またすぐにそっぽを向いてしまった。
部長の言った通りとても大人しい。
いや、もっと言えば冷たいと言った方がしっくりくるかもしれない。
「よろしく・・・。」
こんな事男子に言っても喜ばれないだろうが、ジュリは誰が見ても文句のつけどころがないくらい絶世の美人だと思う。
長い睫毛に白く透明な肌、品の良いスッと通った鼻、サラサラの髪・・・。
スウリの言っていたあの噂の美人かと思うほど整った顔立ちをしていた。
でも多分違う。
確か女子と勘違いするほど可愛いとか言っていたから、ジュリは噂の美人とは一致しない。
何故ならジュリがいくら綺麗だと言っても、体型を見れば男子だと気付く。
ジュリほどの美人が噂になってない事が不思議でたまらない。
やはりスウリの言っていた噂はガセだったのだろうか。
「自己紹介も終わった事だし、本題に入りましょう。誰かいい案ある人・・・挙手!!」
ジュリはそっぽを向き、部長は誰か手を上げるだろうと期待した顔で俺達の反応を待ち、俺はいい案が浮かばずその場でじっとしていた。
数秒した後部長の少し怒った声が部室に響いた。
「・・・・ちょっとちょっとぉー!!誰も意見はないの!?って言っても私もないけど。どうしましょう・・・地道に全生徒一人ずつ声をかけていくしかないって事かしら・・・。」
ここは全寮制なので寮の入口から出てくる生徒全員に声をかければ全生徒に接触する事は出来るが、それでは無理があり過ぎる。
せめてもう少し的を絞れればいいのだが・・・。
「誰がクラブに入ってないか分かればいいんですけどね。」
「先生に聞いても教えてくれないでしょうし、その案は難しいわね・・・。どうしたらいいのかしら・・・。ジュリは何かいい案ない?」
部長がそう尋ねると、ジュリはテーブルに肘をつきながら残念そうな顔で答えた。
「校長がいればどうにかなりますけど・・・。いないのではどうにも出来ません。」
「え、今校長不在なのか?」
「あぁ、出張で月曜まで帰って来ない。」
「月曜日じゃ入部届提出期限に間に合わない・・・惜しいわねぇ・・・。」
そんな事よりも校長がいればどうにか出来るというジュリの権力の方が気になる。
この大人しいジュリが、入学早々おかしな行動を取った校長に一体いつどこで知り合ったのだろう。
「はぁ・・・こうして待っていても入部希望者が来るわけもないし、外へ探しに行きましょう。私達が行動しなきゃ、何も起こらないわ。」
「そうですね。」
とは言ってみたものの、土曜日の、しかもこんな時間では誰も歩いてはいなかった。
大体さっき寮から部室に行く途中でも全然人を見かけなかったし、数分経ったくらいで生徒が増えるわけもない。
ちょっと考えれば簡単に分かる事なのだし、部室に三人で話している時に気付くべきだった。
「どうするんですか。」
淡泊な声でジュリが聞いた。
この言い方からすると、多分ジュリはこの時間帯に人が歩いていない事をさっきから気付いていたに違いない。
「誰もいないんじゃ何も出来ないし・・・一旦帰りましょうか。」
「それしかなさそうですね。」
結局五分と経たずに部室に帰り、生徒が現れ始めるまでの時間、作戦を練り直す事になった。
しかし五分経った程度では新たな案は思い浮かばない。
つまり、俺達は振り出しに戻されたわけだ。
「私達はこれからどうすればいいか、もう一度考え直しましょう。きっと何か策があるはずよ。」
「そうは言っても、もう全然思い浮かばないですよ。駄目元で教師に頼んでみませんか?難しいって言ってましたけど、しつこく言えば何かリストを見せてくれるかもしれませんし。」
今現在どのクラブにも所属していない人のリストがあれば、かなり効率よく仕事は進むのだが・・・。
「長年この学園に在籍する身として言わせてもらうけど、それは出来ないでしょうね。やってみなきゃ分からないっていう気持ちも分かるけど・・・。」
部長がここまで言うのなら、多分本当にどうにもならないのだろう。
きっと先代の先輩が苦戦した結果、何を言っても無駄だったといったところか。
「・・・わかりました。この作戦は諦めます。」
ジュリが校長に頼めば簡単にリストを見せてもらえるのに、と思うと少し遣り切れない気持ちになる。
部屋割りといい、この学園は生徒の声を全く聞いてくれないようだ。
「いい方法があるわけじゃないから強く言えないけど、根気強く探せばきっと見つかるわ。三人で頑張りましょ。にしても・・・何時くらいになったらみんな寮から出てくるのかしらね。私はいつもこの時間寝てるし・・・。」
「俺は入学して初めての土曜だからよく分からないし・・・。ジュリって内部だよな?何か知らないか?」
「・・・・・。」
ジュリは少し考える仕草をしてから、とても具体的な答えをくれた。
「九時くらいになればお腹を空かせた生徒が少しずつ食堂に現れ始める。十一時くらいには全員起きてるんじゃないかな。自炊する人もいるだろうし、起きてても外には出てこないかもしれないけど。」
「なるほど・・・。じゃあ九時になったら食堂に行きましょう。というわけで九時になるまで各自自由にしてよし。ちなみに私は今から寝るから、九時になったら起こしてね。じゃあおやすみー。」
部長は早口にそう言うとさっさと机に突っ伏して寝る体勢になってしまった。
起こしたところで特に何もする事がないので、そのまま放っておく事にした。
ジュリとは出会ったばかりで話す事もないし、残された俺達は数十分もの間黙って静かに過ごすしかなかった。
それから刻々と時間は過ぎ、時計が九時に差し掛かる頃、俺達は部長を起こす事にした。
無理に起こすと悪いと思ったので、肩を揺らしながらそっと起こした。
「部長、起きて下さい。」
トロンとした目でテーブルを見つめ、後に俺とジュリを交互に見上げてまたテーブルへ視線を落とした。
「・・・もう九時?」
「そうですよ、そろそろ行きましょう。」
「時間が経つのは早いわね・・・。私寝るの大好きでね、今特に眠りたくてしょうがないの。悪いんだけど・・・二人で行ってきてくれない?」
自分から九時に行こうと言い出したくせに、何という傍若無人ぶりなのだろう。
説得しても無駄だと判断した俺達は、部長を置いて食堂へと出発した。
強制で連れていってもよかったのだが、途中歩きながら寝てしまいそうで怖くて無理矢理連れていくのは断念した。
食堂にはジュリが言った通り、それなりの人数の生徒がやって来ていた。
俺達は片っ端から声をかけていったが、返事はみんな同じく『もう入部している。』の一言だった。
一時間弱ほど食堂に居座って声をかけまくったが生徒達からよい返事は聞けなかったので、しばらく経ってからまた来ようと相談し合って部室へと帰る事となった。
「部長ー、戻りましたー。」
「あぁ、おかえりぃ・・・。」
半分寝ぼけた声の部長が目を擦りながら部室から出てきた。
「どぉだった?入部希望者は見つかったかしら?」
「食堂に来た人全員に声をかけたんですけど、全然で・・・。疲れたのでしばらく間を置こうと思って戻ってきました。」
「そう、残念ね・・・。次は昼食時に行ってみましょう。その時は必ず私も行くわ。さて・・・暇だから寝るわね。おやすみー。」
「またですか!?」
ユズキはそうツッコんだが時すでに遅し、部長はもう机に伏せて寝息を立てて寝ていた。
寝るのが好き、というのは本当のようである。
出来る事ならユズキも寝てしまいたかったが、一度目が覚めてしまうと再び寝るのは難しく、仕方がなくその場でダラダラと過ごした。
寮に帰ってもスウリは寝込んでいるだろうし、今は全く何もする事がない。
それから時間は過ぎて、十二時くらいに本日二度目となる食堂へと赴き、朝と同じように片っ端から声をかけるという方法で入部希望者を探した。
その途中ジュリがいない事に気付き部長に聞いてみたところ、ジュリは用事があるらしく今日はもう参加出来ないらしい。
ついでに言うとジュリは明日も参加出来ないらしく、こんな寝ぼけた部長と二人で上手くやっていけるのかと不安になる。
こうして、入部希望者を見つける事が出来ぬまま、入部希望者探し一日目は呆気なく終わった。
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