002
クラブを探し始めてもう四日も経つ。
明日には見つかるだろう明日には見つかるだろうと思い続けたが、結局いいクラブを見つける事は出来なかった。
クラブは決まらないどころか、候補さえも見つけ出す事が出来ていない。
まさかここまでクラブ選びに悩むとは思いもしなかった。
それにしてもどうして自分はこんなに必死にクラブを探しているのだろう。
スウリにも言われたが、たかがクラブじゃないか。
馬鹿馬鹿しいとは思うものの、適当に決めるのは何だか気が引ける。
入学早々クラブ活動で賑わう校庭を横目に、意味もなく図書館と中庭を行ったり来たりしてぶらついた。
流石にクラブ棟で何時間も歩き回るのは気まずいと感じたからだ。
少しキツめの風が吹き、砂が舞い上がり生徒達が咳き込む姿がここからでもよく見えた。
「今日は風が強いな・・・。」
ポロっと独り言を呟いたその時、ユズキの十メートルほど前方で無数の白い紙がどこからともなく現れ、風に乗りこちらに向かって飛んできた。
その内の一枚がユズキの足元にゆっくりと落ちた。
「なんだ、これ・・・。」
紙を拾い上げ、そこに書かれた文章を読んでみた。
見たところ板書を写したルーズリーフのようにも思えるが、はっきりとは分からなかった。
紙の裏なども調べてみたが、名前らしき単語は見当たらなかった。
「・・・・・?」
紙が飛んできた方向で、髪の長い男性が地面に散らばった紙を集めている姿が目に入った。
多分この紙の持ち主に違いない。
「あのー・・・。」
少し遠いせいか、ユズキの声は相手には届かなかった。
仕方がないので足元に散らばった紙を全て拾い上げ、向こうで紙を拾っている男性に歩み寄る。
「あの。」
もう一度同じように話しかけてみる。
「・・・・・?」
ようやく男性は顔を上げ、ユズキの存在に気付いた。
「あら、何かしら?」
その男性は焦った表情を隠し切れていなかったが、ユズキにニッコリ笑いかけた。
百八十cm以上はあるであろう高い身長に、しゃがれた声。
そのくせに、見た目とは裏腹なオネェっぽい喋り方なのがすごく気になる。
「これ・・・貴方のですか?」
「・・・・?」
男性は紙を受け取ると嬉しそうな顔をした。
「そうそう、これは私のよ。拾ってくれたのね、ありがとう。わざわざ悪いわねぇ。」
「いえ、これくらい・・・。俺も手伝います。」
「やだ、もういいわよ。初対面の子に手伝わせるなんて悪いわ。」
「暇なんで気にしないでください。結構量あるみたいですし・・・。」
そう言い終わる前にユズキはしゃがんで紙を拾い始めた。
このタイミングでこの男性を放っておくのも気まずいし、それに風が吹けば全て拾い集めるのが困難になる。
そうなれば可哀想なので、その前に全部拾い集めてあげる事にした。
「ありがとねー。最近の若い子って良い子ね。はぁ、貴方みたいな人が・・・。」
「・・・え?今何か言いました?」
「あぁ、いえ何も・・・。さぁて、私は貴方の二倍頑張らなくちゃね。」
黙々と作業を進める事五分弱、五分の四程度が集まった。
この近くに散らばっていた紙は全て集め終わったが、校庭の方へ飛んでいった紙がまだ数枚ある。
「校庭にある残りの紙は私一人で拾うわ。」
「でも・・・。時間ならまだ沢山ありますし、疲れてもないし・・・。」
「大丈夫。あと少しで全部拾い終えるし、残りは私一人で十分よ。」
「遠慮しなくてもいいですよ?」
「本当に大丈夫よ。」
「そうですか・・・。」
あまり言い過ぎてもなんなので、ここは引き下がる事にした。
初対面だし、あまり出しゃばり過ぎない方がいいかもしれない。
「えっとじゃあ・・・困った事があったら言って頂戴ね。きっと貴方の助けになるから。今日は本当にありがとう。」
「いえ、これくらい当然です。今日の事はお構いなく。」
「ありがとね、じゃあ。」
そう言うと男性はヒラヒラと手を振り、紙の飛んで行った方へと走っていった。
校庭に目をやると今も尚紙は飛ばされているようだが、本当に一人で大丈夫だろうか。
やっぱり手伝った方がいいのだろうか、なんて考えていると、男性と入れ違いにスウリがクラブ棟から出てきた。
「スウリ・・・?」
「ユズキ、今の人知り合いなのか?」
校庭へと去っていく男性を見ながら、スウリは不思議そうに聞いた。
しかしそれよりもクラブ棟からスウリが出てくる事の驚きの方が大きかった為、スウリの質問は流した。
「って言うか何でお前こんなところにいるんだ?今ってクラブ中だろ?あと・・・何でそんなに濡れてるんだ・・・?」
「いやぁ、それがさっきすごい強い風が吹いて、目の中に砂が入っちゃってさ・・・。そこの水道で洗い流してたとこ。」
「確かにさっき風は吹いたけど、その時お前がクラブ棟に入っていく姿なんて見なかったんだけど・・・。」
「あぁ、それは・・・痛くて我慢出来なかったから、そこの窓から侵入したんだ。」
「侵入ってそんな犯罪者みたいな・・・。」
むしろ窓から入る方が時間がかかる気もするが、まぁ多分どっちもどっちだろう。
褒めているわけではないが、目に砂が入って視界が悪くなっているはずなのに、よく窓を乗り越えられたものだ。
窓が開いていたのはラッキーだったが、学園内とはいえすごく不用心な気がする。
「てか話を逸らすな!!知り合いなの?他人なの?」
「その話、お前にとって重要なのか?」
「すごく重要だ!で、どっち?言えないって事はまさか・・・。」
「何の話・・・?別にお前に教えるほどの人ではないけど・・・。」
「ややややっぱり浮気なのね!?俺というものがありながら・・・!この、浮気者ー!!」
そう言っていつもの泣き真似が始まった。
顔が濡れてる辺りが泣いてるように見えなくもないが、嘘泣きだと分かっているので動揺する事はない。
「浮気じゃないし、それにスウリとは付き合ってもないし。さっきの人とは本当に今知り合ったばっかりだから。紙が飛ばされたみたいで、それ拾うの手伝ってあげてただけ。」
「本当だな!?今の台詞に嘘偽りはないと誓うか!?」
スウリの態度からして、俺はまるで信用されていないようだ。
もしかして先程の男性の髪が長かったから女性と勘違いしたとか?
いや、いくらスウリがあの男性の後ろ姿しか見なかったからといって、身長からしてあの男性を女性だと判断するのは考えにくい。
落ち着け、それ以前にスウリの冗談を真剣に分析している俺がおかしいのだ。
「誓う誓う。誓うから大人しくしろ。そしてそろそろクラブに戻れ。」
「そう言ってあの人のところへ行くんでしょ。もういいですよーだ。浮気ばっかりしてると、俺だって浮気しちゃうからね!」
「はいはい、どーぞお好きなように。」
「たまには話にのれよ!てか戻ったところで筋トレするだけでつまんないんだけどー。」
「バスケ部を選んだお前が悪い。運動部入れば筋トレしなくちゃいけないのは当たり前だろ。」
「そうだけどさー・・・。ユズキと駆け落ちでもしようかなぁ。」
「何馬鹿な事言ってんの。まぁ頑張れよ。俺はもう行くから。」
「へーい・・・。」
再び強い風が吹き、校庭の砂が宙に舞った。
こんな砂の舞う校庭じゃ、頑張れるわけもないだろうけど。
*****
学校に噂は付物、というのは周知の事実である。
この学校も例外ではなく、常に溢れるほどの噂話が生徒達の耳に流れ込んでくる。
校長の話もそうだったが、その他にも教師と生徒の恋愛だとか学園一の秀才は誰だとか、いつまで経っても噂話は尽きない。
人から人へ、流れに流れてユズキのところにも面白い情報が巡って来た。
「知ってるか?この学校には神様も驚くほどの美人がいるんだって。」
「へぇ〜。」
まぁこれだけ大きな学園なのだから、そういう子が一人くらいいてもおかしくはないのかもしれない。
「驚くのはそれだけじゃない。なんと、その美人は男らしいんだ!今まで一人も男だと気付いた奴はいないって。」
「まさか。どんなに可愛くても、一人くらい気付くだろ。」
「本当だってば!どこからどう見ても女にしか見えないんだって、整形もしてないのに。」
それってもしかして、本当は女だけど自分で男だと言い張ってるだけとかそんなオチなんじゃないだろうか。
「化粧してるからじゃないのか?」
「いいや、それがスッピンらしい。スッピンなのに目は大きくて睫毛長くて唇もプルプルで髪もサラサラ、おまけに肌も白くてツルツル。」
「流石に男でそれはないだろ。美人が売りの女優でもそんな条件揃った人は見た事も聞いた事もないし・・・。」
生まれつき女と見間違うほどの美人な男なんて、見れば絶対に疑ってしまうだろう。
当たり前な話だが、どんなに美人な男でも、整形と言われれば納得がいくのに。
「そんな否定的発言する事ないだろ。これは確かに噂だけど、世の中こんだけ広いんだし、そういう男も一人くらいいるって。」
「どうだか。」
全く話を信じようとしないユズキに、スウリはつまらなさそうに腕を組んだ。
「もうちょっと話に食いつこうよ。確かにこの学校は根も葉もない噂が流れてる事が多いけどさ。」
「どうせその根も葉もない噂の中の一つだって。お前だってどうせ半信半疑のくせに。」
「うっ・・・。でもまぁ・・・その美人は同い年らしいから、近い内に授業が重なって会えるかもしれないぞ。いや、一つくらいは絶対被るはずだし、そん時お前をギャフンと言わせてやる!」
「はいはい。ま、俺はその話が本当だろうと嘘だろうとどうでもいいけど。」
「お前には俺がいるもんな。俺がいれば他に何もいらないと、そういうわけだな。」
「そういう意味ではない。」
大きな溜息をついて、ユズキは椅子に突っ伏した。
ここ最近やけに精神的に疲れている気がする。
「なんだよ、そんな大きな溜息ついて。あ、もしかしてまだクラブ決まってないのか?」
そういえば結局昨日もいいクラブを見つける事が出来なかった。
これだけ思い悩んでたら、その内夢の中にまで出てきそうだ。
「残念ながら。」
「えーっと・・・入部届提出日っていつまでだったっけ?今日じゃないよな?」
「明後日までだと思うけど・・・。」
担任が入学式の時に確かそう言っていた。
「明後日って・・・日曜日じゃん。じゃあもし今日中に見つけられなかったら、入部届提出するためだけに学校行かなきゃいけないって事?」
「そうなるな・・・。」
「面倒くさー。なんか教師も大変だなー。こんだけ悩んでいいクラブ見つからないなら、どこのクラブ入っても一緒じゃない?今日中に適当にクラブ見つけて、さっさと用紙提出しちゃえよ。」
「今日中に見つけたいのは確かだけど、適当にクラブ決めるのはなぁ・・・。とりあえずもう少し悩んでみるよ。」
「俺には関係ないけどさぁ、どんなに悩んでも一緒だと思うよ?まぁそれで納得のいく結果になるんなら、思う存分悩むのもいいかもね。」
スウリはたまに物凄くまともな事を言う。
言っている事がその通り過ぎて、俺には言い返す言葉もなかった。
*****
チャイムが鳴り、生徒達が続々と玄関から出てきた。
玄関から出てきた生徒は皆それぞれ寮へ帰ったりクラブに行ったりしている。
そんな光景を、ユズキは椅子に座って三階の窓から眺めていた。
部屋には誰もおらず、聞こえてくるものと言えば校庭にいる生徒達の声くらいだ。
どうせどんなに悩んでも一緒だとスウリに言われ、まさにその通りだと思い、その時からクラブを探す気がなくなってしまった。
しかしなんとかして今日中にクラブを見つけたい。
そう思うせいか、なかなか寮へ帰る気になれなかった。
自分がここまでクラブを慎重に決めようとしているのは何故なのか、どんなに考えても分からなかった。
適当に決めてしまおう、そう思う度に思いとどまってしまう。
授業中、たった数分の短い眠りの中で、不思議な夢を見た。
本当に、それでいいのか。
夢の中で、誰かがそう呟いていた。
出会うべき居場所を、出会うべき人を、このままだと逃してしまうと、そう告げていた。
それが引っ掛かっているのか、どうしても適当な気持ちでは入部届けを出す気になんてなれない。
そこまで言われたら自分に見合うクラブがある気がして、それが見つかるまで探してみようとも思った。
けど噂をロクに信じなかった自分が、夢を信じるのか。
そう思うと、やはりどうしたらいいのか分からなくなる。
なんだかんだ言っているが、今更いいクラブを見つけようなんて思ってはいない。
四日も探して入りたいクラブがなかったのだから、今日一日真剣に探したところでいいクラブが見つかるはずもない。
あの夢は何だったのかは分からないが、夢は所詮夢。
夢を信じるくらいなら、占いを信じた方がマシだ。
全く気持ちがのらないが、クラブに入部する事が校則と言われれば、嫌でも何か探すしかない。
仕方がない、という気持ちで立ち上がり、ノロノロとその部屋を出た。
今ではもうすっかり見慣れたクラブ棟の廊下を、俯きがちに歩く。
これはもうクラブ探しとは言わず、ただ廊下を歩いているだけの状態と言っていい。
そんな暗い様子で歩くユズキの隣を、一人の男性が横切り、振り返った。
「あら貴方、また会ったわね。こんなところで何してるの?」
「あ・・・昨日の・・・。」
そこですれ違ったのは、昨日風に吹き飛ばされたプリントを拾うのを手伝ってあげたあの男性だった。
「いや、特に何でもないですよ。ただ歩いてただけです。」
否定はしてみたものの、顔が引きつっているのが伝わったのか、男性は心配そうな顔で聞いた。
「本当にそう?何だか表情が暗く見えるけど・・・。良かったら相談に乗るわよ。昨日のお礼に、遠慮しないで何でも相談して頂戴。」
ここで会ったのも何かの縁。
一人で悩んでもウジウジするばかりだし、彼に相談してみるのもいいかもしれない。
そう思い、ほぼ初対面の相手だが、五日も悩み続けているクラブ入部の件について相談する事にした。
「・・・実は・・・クラブの事で悩んでまして。」
「クラブ?」
予想外の内容だったのか、男性は少し首を傾げた。
ユズキの表情からしてもっと暗い話だと思っていたのだろう。
「はい、それが・・・どのクラブに入ったらいいかわからなくて・・・。ずっと悩んでるんですけど、なかなか決められないんです。」
「こんなに沢山クラブがあるのに、一つも入りたいクラブはなかったの?」
ユズキは静かに首を振る。
「一応全部調べてみたんですけどありませんでした・・・。どんなクラブなのか、ロクに調べてもいませんけど・・・どうもどのクラブもしっくりこなくて・・・。」
「そう・・・。」
「すみません、しょうもない話で。」
「いいえ、そんな事ないわ。ねぇ、貴方はクラブに何を求めてるの?何部だったら入りたかった?趣味とか・・・何かない?」
「特にないです。クラブも本当は入りたくなかったんです。強制だから一応探してはいますけど・・・。」
そう言うと、男性は昨日と同じようにニッコリと笑った。
「じゃあ・・・帰宅部に入ってみない?あまりいいクラブじゃないから、貴方みたいないい子には薦めたくなかったけど・・・。」
何をしているのかさっぱり想像もつかないあの噂のクラブに入れと言うのか。
「あの・・・。」
「私、帰宅部の部長をしているの。入ってくれると助かるんだけど・・・。」
「え・・・?」
この人が、帰宅部の部長・・・。
確か部員が全員卒業してしまい、今は一人でクラブ活動をしているとか・・・。
「実はね、人数が足りなくて廃部になりかけなの。明後日までにあと二人入部してくれなきゃ存続は難しくて・・・。」
「二人・・・ですか?」
スウリの情報だと部員はあと三人必要なはずだが・・・。
「昨日一人だけど入部希望者が決まったの。たまたま声をかけたら入ってもいいって言ってくれて・・・。」
帰宅部に一言返事で入部するとは・・・一体どんな人なのだろう。
きっとこんなクラブに入るくらいだから、天然そうな心優しい少年に違いない。
「で・・・貴方もどうかしら?」
どう、と言われても・・・入る気にはなれない。
この男性の為にも入ってあげたいとは思うが、だからと言って生徒が不気味がっているこのクラブに入りたいとは思わない。
でも帰宅部部長の目の前で、どう言えば傷付けずに断る事が出来るだろう。
「えっとあの・・・。」
いい言葉が思い浮かばず戸惑っていると、男性は鋭い発言をして余計にユズキを困らせた。
「分かってるわ。帰宅部なんて、怪しくて入る気にはなれないわよね。」
「いえ、そんな・・・。」
「いいのよ別に。私も入部当初はそう思ったもの。ねぇ、こういうのはどう?一年間このクラブに入部して、本当に入りたいクラブをじっくり考えるの。一週間でクラブを決めなきゃいけないって思い詰めるせいでなかなか決められないのかも。もしかしたら時間を気にせず冷静に考えたら、入りたいクラブが見つかるかもしれない。」
背中を押されるようなこの感覚は・・・何だ?
「まぁ明後日になるまで存続出来るかわからないけど・・・・・・どうする?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
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